レイバーデーの翌週、九月十日から十五日まで、アーカンソー州にある「バッファロー国定川」と「ユリカスプリングス」を旅した。カンザスシティの自宅からバッファロー国定川までは、車で五時間ぐらい。我が家のドライブ旅行定番となりつつある「おにぎり」と「卵焼き」を持参で出発だ。途中、ガソリンスタンドで休憩を入れ、少々道に迷う。初日に泊まるキャビンは州立公園内にあり、二十四時間フロント係が働いているとは思えなかったので、到着時間が心配になり、夫が電話する事にした。電話に出た初老の女性は、「七時以降に到着の場合、鍵が入った封筒を、ドアの所に置いておきます」と言った。これで少々安心し、ドライブを続ける。
地図を見ると、ハイウェイを降りて「イエルビル」という町を通り過ぎなければならない。交差点から「イエルビル」まではすぐだと思っていたら、これが結構な距離である。しかし、イエルビルは、とても可愛らしい町だと思った。人口千人くらいの町だろう。ダウンタウンに古い建物があった。私が考えていたコースは、このイエルビルを過ぎれば、すぐにキャビンに着くと思っていたのだが、これがそんな簡単には行かず、そこから曲りくねった田舎道を、ずんずん進まなければならない。かなり走っても、目印らしきものが出てこないので、道を間違えたのではないかと思ったが、私達が曲がらなければならない角は、その先にあった。これまでの人生の中で、こんな奥深い僻地まで来たのは初めてだった。
「狩猟禁止」の看板近くに、鹿が数匹居る。「鹿がこの看板かけてそうだね」と、夫が笑った。州立公園内の曲りくねった細い道には、鹿が次々に出没する。パークレンジャー事務所を過ぎて、キャビンのオフィスを見つけた。オフィスと言っても、小さな田舎風の家で、そのドアには電話での話し通り、鍵が入った白い封筒があった。それを持って更に奥まで進み、道の行き止まりにやっと私達のキャビンを見つけた。
今回アーカンソー州バッファロー国定川でカヌーをしようと思い立ったのは、たまたまその写真をインターネットで見たからだ。近くを流れるホワイト川は随分急流で、ラフティングに向いているらしいが、湖を挟みその上流のバッファロー川はもっと穏やかで、静かに漕ぐカヌーに適しているらしい。これなら私にもできそうだ。YouTubeのビデオを夫に見せると、夫はカヌーに興味を示す。こんな成り行きで今回の旅行が決定した。大自然を誇りにするアーカンソー州には、自然を楽しむ観光客向けキャビンが数多くある。しかし大人数で寝泊りでき最新の設備が整っているキャビンは、値段が高い。それは余りにも私達夫婦には、豪華過ぎた。できるだけ川に近い場所が良いのだが、お値段の事を考えると、と困っていた時、偶然、今回のキャビンのホームページを発見した。他の旅行者のレビューを読んでみると、どれも「素晴らしかった」「景色が最高に美しい」と絶賛している。それに値段が他のキャビンと比べれば破格値である。これしか無い!と思ったが、レビューには「人気の宿泊地なので、予約はいつも難しい」とあった。でも、まだ出発日までには日にちがある。駄目もとでトライしてみよう!と夫に電話させたら、あっさり簡単に予約が取れた。
私達が予約したキャビンは、州立公園内の最も奥にある「リバービュー」で、他のキャビンよりも少々お値段が高い。しかしその差も十ドルぐらいで、キャビン裏のポーチからは、バッファロー・ナショナル・リバーが見えた。川の横には延々と木々が広がる山があり、その絶景を見下ろす山の頂上に位置するのだ。この風景が毎朝晩見られるのなら、十ドル追加で払っても、その価値は充分にあるというものだ。後にこの近辺をかなりドライブし、景観道も走ったが、このキャビン裏から見る風景が一番美しいと思った。
このキャビンには広いリビングルーム兼ダイニングルームがあり、そこにはベッドとアメリカで「フトン」と呼ばれる折りたたみ式ソファがあった。「フトン」は日本語の「布団」が語源で、ベッドとしても利用できる。その他にベッドルームもあり、ここにもベッドが一つある。クローゼットを開けてみると、なんとこの中にも折り畳み式ベッドがあった。ということは、押し込めば少なくとも四人は泊まれるということだ。私達が泊まったキャビンは「デュープレックス」で、キャビン自体は二つに分かれている。なので、隣の部屋も同じような構造なのだろう。二日目以外は隣に宿泊客は居らず、私達は伸び伸びとキャビン滞在生活を楽しんだ。
キッチンは最新式の電気コンロがあり、電子レンジ、オーブンも設置されている。食器や料理用道具は全て揃っており、材料さえ持参すれば、料理するのに問題は無い。キャビン近くにレストランがあるが季節営業なので、私達が訪れた時は、既に営業外期間だった。なので食料品持参は必須である。後にマネージャーに「この近くにスーパーはありますか?」と聞くと、「イエルビルまで行かないと無い」と言われた。イエルビルは、私達が通り過ぎた町だが、そこまで十三マイルだ。キャビン到着前に、食料品の買出しに行く方が賢明だ。
車から荷物を運び、景色を楽しもうと裏ドアからポーチに出た時、ハプニングが起こる。なんと、私がドアを閉めてしまったのだ!私はただ単に「蚊が入らないように」と思ったのだが、そのドアは自動ロックで、閉めたら自動的に鍵がかけられるのだ。夫が、「なんで閉めたんだ!丁度、ポケットに入っていた鍵を、キッチンのカウンターの上に置いたばっかりなのに!」と叫ぶ。なんでって、「知らなかったから」である。「言わない方が悪い」のである。夫にしてみれば、「そんな基本的な事、知らない方がおかしい」ってなものだが、時既に遅しである。夫は玄関のドアが開いているか確かめに行ったが、そこも鍵がかかっていた。絶体絶命だ。仕方が無いので、私達は暗い公園内を、黙々と歩き出した。管理人オフィスに行けば、もしかしたら誰か居て、スペアキーを借りられるかもしれないという望みをかけてだ。しかし私はなんだか「どうにかなるわ」と、この状況にも関わらず、ヘラヘラ笑っていた。おかしな話だが、この間抜けな自分達が可笑しくて、ケラケラ笑っていたのである。管理人事務所まで、少なくとも一マイルはある。なのに「どうにかなるわ」とケラケラ笑っている妻に、夫は私が以前、夫と犬のボジョが裏庭に居るにもかかわらず、鍵を締めて仕事に出かけた時のことを話し出した。そうか、未だに恨みを持っているのかと、これまた大笑いした。そんなこんなをしているうちに、それまで電波が届かなかった夫の携帯に、「電波有り」のシグナルが出た。そこで夫が携帯からオフィスに電話すると、道中で電話をかけた時に出た女性が、電話に出たのだ!コレコレ然々と状況を説明すると、「すぐに鍵を持って行くので、そこで待っていてください」と言って、本当にすぐ車で到着してくれた。結局私達は、キャビンからそれ程遠くまで歩く事無く、スペアキーを手に入れたのだ。終わり良ければ全て良しで、人生楽観的に生きて行くべしと、自分の失態は棚に上げて、またケラケラ笑った。夫にしてみれば、大変迷惑な話である。
翌日目が覚めると、既に朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。これは写真に撮らねばと、張り切ってカメラを取り出し、裏ポーチに出た。もちろん自動ロックを解除し、何度も外からドアが開けられるか確認した。外に出るとこの景色である!下に見下ろす木々の間に深い霧がかかっており、それは雲のように見えた。テネシー州にある「グレート・スモーキー・マウンテン国立公園」では、山の上に霧がかかるので、そういう名前が付けられたと聞いたが、正にそんな感じだ。
翌日気付いたのだが、ここでは毎朝そんな濃い霧が発生する。翌日はもっと早く、日の出の時間に目覚めたので、霧は更に濃かった。それは余りにも美しく、赤い空に自分がポッカリ浮いているような気がした。
清々しい朝で、もちろん外で朝食を取った。キャビン前にはピクニックテーブルがある。そこでオートミールを食べていると、鹿が横切っていくのが見える。家の前に森林があり、鹿が隣人。随分贅沢な朝だと思った。こうして、これまた公園内にあるパークレンジャーオフィスに向かった。
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