2010年7月24日土曜日

カンザスシティーのバーベキュー・レストラン、Smokin' Guns BBQ



先日、Food Networkの番組、「Diners, Drive-ins and Dives」で、「カンザスシティーBBQ特集」なるものをやっていました!と言っても、全部見れたわけではなくて、ほんの一部を見ただけなんですが、そこで紹介していたのが、この「Smokin' Guns BBQ」。カンザスシティーは、BBQで有名で、毎年コンテストも開催されていますが、何でもこのレストランは、バーベキュー・コンテストで賞を取り続けて十何年だそうで、オーナーは、コンテストの審査員も勤めているそうです。そんな有名なBBQレストランが、私の会社のすぐ近くにあることを知り、「これは行かなきゃ」と、さっそく夫を誘って、行ってきました!会社から夫に電話した時は、ちょうど「サンダーストーム」(雷が混じった嵐)が吹き荒れている真っ最中で、雨が怒涛の如く降りしきっていたのですが、私の「有名なBBQレストランに行きたい」という一言で、夫は私の会社まで、すっ飛んできました。私も仕事を早めに切り上げて、会社のドアに横付けされた夫の車まで走りました。たった3メートルくらいなのに、びっしょり。こんな日には来る客もいないだろうと思っていたら、意外とレストランにはたくさんの客がいました。



 ドアを開けると、コンテストで勝ち取ったトロフィーやリボンが、壁にずらり。テレビで言ってたことは嘘じゃなかったんだ~!と、期待が高まります。席に案内されるのを待っていると、テレビで見たオーナーの奥さんが、「ここでオーダーしてください」と、私達に話しかけてきました。私は、ドライのポークサンドイッチに、ビーンズとポテトをつけました。夫は、ドライのリブを注文。夫のリブは一番上の写真です。私が注文したのは下の写真。



夫は高校生の時、とあるBBQレストランでバイトをしていて、ある日ランチデートをした時、「このレストランのビーンズは世界一!」と、そのビーンズを持ってきてくれました。確かにそのビーンズは、ホンワカとスモーキーな味がして、超美味!その時から、BBQレストランに行く時は、必ずビーンズを注文して、味比べをすることにしました。なんとなく「おいしいビーンズを作るところは、BBQもおいしいに違いない」という考えになったのです。なので、今回もビーンズを頼みました。サンドイッチを半分に切り、夫とシェア。夫からリブのお裾分けを貰い、バーベキューソースをかけて、さあ、食べるぞ!と口に運びましたが、私としては、「へ?こんなもん?」と思うお味でした。きっと、私の舌は、BBQを語れるほど肥えていないんでしょうが、どうも、私好みの味ではなかったと言うのが、正直な感想。ドライを頼んだせいか、やっぱりパサパサしていました。これを夫に後で言ったら、「だから、ドライって言うんだよ」と言われました。夫はこのBBQ大変気に入ったようで、「リブの調理加減は、パーフェクト」とほめていました。なので、やっぱり、コンテストの賞を総なめするだけの力量、だとのこと。「ふ~ん」と思いました。ビーンズは、「玉ねぎ」の匂いがとても強い味でした。きっと好きな人は好きなんでしょうが、これも私好みではありません。「ウェット」を頼めば、また違った感想を持ったかもしれませんが、全体的に言って、「今回だけで、結構です」といった感じです。少々残念でした。

2010年7月18日日曜日

ドライブイン・シアター



 シカゴ旅行に行くため、オクラホマからやってきた夫の姉と子供達は、しばらくカンザスシティーのおばあさん(つまり夫の母)の家に滞在しました。そこで夫の仕事が休みの日、ドライブイン・シアターで映画を見に行きました。ドライブインといえば、アメリカでも下火になっていますが、カンザスシティーでは、今でも健在。夫の家族は、なぜかこのドライブインが好きで、3年ほど前にも一緒に行ったことがあります。その時はまだ子供子供していた甥と姪達が、ずいぶん成長して、一番上の甥は16歳!月日の経つのは早いものです。

 ドライブイン・シアターは、屋外に映画のスクリーンがあって、車の中から、または外で映画を見ます。ドライブインに関する日本人のブログを少々チェックしてみましたが、「ロマンチック」という言葉が多かったので、「へ?」と思いました。日本のドライブインは、ロマンチックなんでしょうか?私にとっては、「家族連れ」というイメージが強く、実際、今回のドライブインでも小さな子供達が多かったので、とても「ロマンチックなデートコース」ではありません!二人だけのデート中のカップルなんて、一組もいませんでした。どちらかと言うと、「ピクニック」と思った方が正解だと思います。私達は、現地に行く前に、タイ料理をお腹いっぱい食べたので、食事は持参しませんでしたが、早めに行って、ピクニックを楽しむこともできると思います。今回私達が持参したものは:

・折りたたみ椅子
・クーラーボックスいっぱいの氷とドリンク(夫の母が持ち込んだドリンクの中には、「ブラウニー味」なる不思議なものが混じっていました。日本人の私にとっては一歩引く思いだったのですが、母曰く、「チョコレートみたいな味よ」とのことです)
・ラジカセ
・我が家から持ち出せるだけのブランケット(キャンプに行くんですか、というほど、夫は全ての布団を、彼のピックアップ・トラックに詰め込みました。)
・枕
・スナック
・虫除けスプレー(私が「早速、蚊に刺された」と夫の母に言ったら、ササッと出してくれました。さすが、母です。)

とまあ、こんな感じだと思います。「なんでブランケットに、枕が必要なの?」と不思議な方は、下の写真を見てください。



つまり、トラックの後ろ全開にして、ベッドのようにしたというわけなんですね。あまりにもリラックスし過ぎってなもんです。それでもって、「ラジカセ」も不思議に思った方がいるかもしれませんが、これは、家族中から「グッド・アイデア」と絶賛された、私のアイデアです。ドライブイン・シアターでは、ラジオの周波数を合わせて、音声を聞きます。一応、駐車場には、音声用の装置があるのですが、もちろん乾電池などは、とっくに切れているから、結局、音が聞こえず、車のラジオを使うことになります。しかし、車のラジオを使えば、エンジンをかけっぱなしにするか、バッテリーが上がってしまうことを心配しながら、映画を見るということになりますよね。ここで私が考えたのが、「ラジカセ」です。ラジカセなら、外で皆が聞くことができるから、車のラジオより、ずっと快適です。これは前回、3年前に行った時の事を思い出して、私が提案したのですが、「よくそんなこと覚えていたわね」と、母は言いました。はい、ブログを書くおかげで、記録する癖がついているので、過去のこと、結構良く覚えています。

 さて、準備万端で臨んだ映画の第一作目は、"Eclipse" あのティーンエージャーの吸血鬼のお話、第二段です。私、かなり眠かったのですが、これは頑張って、途中、頭が揺れている時がありながらも、なんとか、椅子に座って見ました。トイレ休憩をし、二作目の"Karate Kid"(ジャッキー・チェーンと、Will Smithの息子が出演しています)を見た時は、夫お手製のトラック・ベッドの中に寝転がり、途中までは、何とか見ようと努力したものの、いつの間にか熟睡し、気付いた時は、映画終了後に映る、プロデューサーや役者の名前が、画面に流れていました!まあ、Karate Kidは以前に見ていたから、いっか。でも、トラックの上に寝転がって、星を見上げるのは、ずいぶんロマンティックだと思いました。(日本人の皆さんは、これをロマンティックと言ってたんでしょうか?)こんなに気持ちが良いのなら、モンタナでキャンプでもして、星空を見上げたいと思いました。

 映画が終了したのは、午前2時!翌日、仕事に行かなければならないと言うのに、ずいぶん夜更かしをしてしまいましたが、まあ、一年に一度の家族行事ですから、良いでしょう。楽しい思い出が、また増えました。

シカゴ ネイビーピア



 先日、SGI(創価学会インターナショナル)の大きな会合がシカゴであり、バスでシカゴまで行ってきました!カンザスシティーからシカゴまでは、車を飛ばせば7時間くらいの距離ですが、この日は、他の地域のメンバーを迎えに行かなければならなかったので、片道13時間の長旅!しかし、オマハ時代に住んでいた友人と再会もでき、楽しいバス旅行でした。

 今回は、夫の母の一念で、私達夫婦はもちろん、創価学会員ではない彼女の娘と、孫達、夫のいとこも引き連れ、夫の親族からは、総勢8名が出席。朝食の席では、私達だけで、おおきなテーブル一つを占領しました。その時の朝食がこちら。



団体だったので、大きなレセプション室で、SGIメンバーだけの朝食を、バフェスタイルでいただきました。私が選んだのは、スクランブルエッグ、ポテト、メロン、スイカと、デニッシュパン。それに、オレンジジュースをつけました。大変おいしかったです。今回泊まったのは、シカゴのダウンタウンにある "Hyatt Regency"。シカゴでこんな高いホテルに泊まったのは初めてです。さすがに部屋も綺麗。シカゴ川のすぐ近くで、観光にも便利な場所です。



会合まで少々時間があったので、二日目の朝、駆け足でネイビーピアに行ってきました!地図で見ると、ホテルからネイビーピアまでは、そんなに遠くない様子。しかし、シカゴ川が横たわっているので、橋を渡らなければなりません。「あっちの方で、車が走っているから、橋があるはず」とガイド役の私の指示に従って歩いた一行は、その橋が道につながっていないことを確認すると、また引き返さなければなりませんでした。ごめんね~!




さて夫は背が高く、歩くのが早いのです。彼について行くのは大変で、子供達は小走りになりながらも、何とかついていきましたが、彼の姉と私は、2ブロックくらい遅れて歩いていました。なんせ彼の一歩は、私の2歩くらいです。ネイビーピアーに着いた時は、もう汗びっしょり。やっと見えた入口前で記念撮影をしました。(カメラマンの私は入っていませんが。)



今回、姪と友達になった女の子も一緒に連れて行きました。ほとんど、保護者の気分。団体行動は、大変です。


夫と甥。男同士でかっこいい姿を見せ付けポーズらしいです。


歩き疲れた私達は、「ハーゲンダッツ」で、少々休憩を取りました。














私は、夫の姉と話をしたのですが、彼女の話し振りは、夫とそっくり。ふと、豪快に笑う彼女の叔母達の顔も浮かび、「血は争そえん」と思いました。

ネイビーピアーは、ミシガン湖に隣接し、レストラン、劇場、遊園地、映画館などがあります。今回はあまりにも時間が無く、駆け足で見学しました。








この後、また駆け足でホテルまで帰りました。

2010年7月3日土曜日

いよいよ、カンザスシティーに帰る!



ニューヨーク最後の夜、地下鉄でホテルまで戻った私には、大仕事が残っていた。私たちはまだ、空港までの行き方を知らなかったのだ!翌朝早い飛行機のチケットがありながら、「ニューアーク空港」が、どこにあるのかさえ知らなかった。インターネットを酷使し、手に入れた安い航空券は、「エア・トレイン」社のもので、こういう激安航空会社は、JFK空港のような大きな空港を使わないらしい。だから乗客は、小さな空港に行くことになる。ニューヨークではそれが、「ニューアーク空港」らしい。私はかなり不安だった。「マンハッタンから約16マイルで、ニュージャージー州に位置する」と書かれているが、一体どうしたら、私たちのホテルから、その空港に着くことができるのだろうか?

私が持っていたガイドブックのページをめくると、もしかしたら「ペンステーション」から、電車が出ているのではないかと気付いた。
「へ? ペンステーション?」
ペンステーションなら、ホテルのすぐ前である。本当に、ただ道の向こう側で、タクシーさえもいらない距離である。この便利さが、信じられなかった。あまりにも信じられなかったので、夫と二人で道を渡って、確認の下調べに出かけた。ホテルの出口を出て、すぐ前にあるペンステーションの地下への入り口に入る。そこは日本の地下街のような雰囲気で、売店等があった。電車のチケット売り場に行くと、ちゃんと「ニューアーク空港」とあるではないか!良かった!これなら、翌朝、迷うこと無く、確実に空港まで行けそうである。

翌朝、ニューヨーク最後の朝食のため、私はホテル前にある「ダンキンドーナッツ」のスタンドに行った。たぶんラテン系の女性が二人、その小さな店を切り盛りしていた。そこでドーナツとコーヒーを購入して、ホテルの部屋に戻った。夫は、ドーナツの朝食を喜んだ。そして、3日間滞在したホテルを跡にした。

電車に乗って、しばらくすると、日本人女性が同じ車両に乗り込んできた。彼女は周りの人に、「これは空港に行くんですよね」と聞いていた。その発音から日本人だと気付いた私は、彼女に話しかけた。その女性は、ロサンゼルスに長い間住んでいて、アメリカで生まれた子供達は、日本で仕事をしているという。「ニューヨークに比べたら、ロサンゼルスなんて田舎よ」と、彼女は言う。いやいや、あなたはアメリカの本当の田舎を知らないんでしょう、と私は思った。

電車は無事ニューアーク空港に到着した。やはり、小さな空港だった。しかし私は、搭乗口まで延々と歩き回らなければならない大空港より、かえって便利だと思った。JFK空港より、マンハッタンからも近いし、これからニューヨークに行く時は、ニューアーク空港を使うようにしようと思ったくらいだ。泊まったホテルの真ん前にある駅から電車が出ていたのは、とてもラッキーだった。ホテルの予約をした時、そんなことは、露ほどにも知らなかったのだ。今回の旅では、シカゴでもボストンでも、私達が目的地に行くのに困っている時、知らずと周りの人たちが助けてくれた。最後の空港に行く時、そんな人は現れ無かったが、そんな必要が無かったのだ。ずいぶん守られた旅行ができ、感謝している。

この後、ジョージア州アトランタで乗り換えをし、カンザスシティーまで戻った。カンザスシティー近くまで来ると、広々とした何も無い緑の土地が見えた。「ああ、やっと中西部に帰って来た」と思った。ホッとする瞬間である。空港では、夫の母が迎えに来てくれ、彼女の車に乗って、途中レストランに寄って、その後、家に向かった。

2010年7月2日金曜日

チャイナタウンと、リトル・イタリー



バッテリー・パークを後にした私たちは、すぐ近くにあった「サウスストリート・シーポート」まで歩いて行った。博物館があったので中に入りたかったが、閉館後だった。そこでずんずん奥まで進むと、船がある場所があり、その前で手品師がマジックを披露していた。なかなか楽しい芸当だった。客から預かった指輪が消えたと思ったら、どっかから出て来たとか、そういった手品である。一生懸命、タネ明かしをしようと試みたが、全くわからなかった。手品の後、ピア17というショッピングセンターのような建物に入り、しばらく見学した後、突然、ブルックリン橋が目の前にあった。私にとって、このサウスストリート・シーポートでのハイライトは、このブルックリン橋である。

この後、又ダブルデッカーバスに乗った。バスは、チャイナタウンを通過した。そこにある建物自体は、ニューヨークによくある19世紀か20世紀初頭の美しい建物だったが、看板は中国語だった。中華料理店の看板だけでなく、米企業の看板も中国語で書いてあるので、妙な感じがした。たまに見るスペイン語チャンネルで放送される、スペイン語のコマーシャルを見る感覚と言うか、確かに奇妙だ。中西部にはない光景である。ここでチャイナタウンに行こうと夫に提案し、チャイナタウンの東端でバスを降りた。

チャイナタウンは、いい。やはり、アジア人の私にとって、何とも居心地が良いのである。道端で売っている野菜等を見ると、日本の商店街を見ているような感がある。こんなことなら、アメリカにはどこにでもあるショッピングセンターのピア17等に寄らず、ここに直接くれば良かったと思った。夫はきっと、そのようには感じなかっただろうが、私は故郷に帰ったように、のびのびとした気分になった。しかし、その頃には、既に閉店になっている店が多かったので、適当に歩いた場所にあった中華料理屋に入ることにした。この時何を食べたか、覚えていない。たしか、麺類だったと思う。そして、水餃子も頼んだように思う。夫と二人、お腹いっぱい食べて、13ドルくらいだった。目を疑う安さだった。これでは、カンザスシティーにあるアメリカナイズした中華料理店より、遥かに安い。ニューヨークに来て、初めて「安い!」と思った瞬間だった。ニューヨークで食事をするなら、絶対チャイナタウンに行くべきである。

プラプラ歩いていると、洋服店があった。夫がそこに入りたいというので、店の中に入った。そこは、男性服と女性服の両方があった。鞄もあった。夫は少々鞄等を見た後、外に出ようとした。その時、背後から、店主が中国語で私に話しかけてきた。私は日本にいた時、少々、独学で中国を勉強したことがあったので、彼の最初の言葉が、「お嬢さん!」だったのがわかった。彼は鞄を差し出しながら、笑顔で何やら中国語を話している。たぶん、「この鞄はいかがですか?お安くしときますよ」ということだろうと思った。笑顔で「結構です」と、英語で答えた。

横浜の中華街は、完璧に観光地であるが、ニューヨークのチャイナタウンは、コミュニティーという感じがする。美容院や食料品店など何でもあり、ここだけで生活ができそうだ。道に行き交う言葉も、ほとんど中国語である。アメリカにいるのを忘れそうになる。これは私にとって、かなりカルチャーショックであった。町の至る所から、おいしそうな匂いがする。こんな所に住めたら天国ではないか!それなら香港にでも移住すればよいと、言われるかもしれないが、アジア人のコミュニティーがあるというのは、私にとって大変うらやましい。



しかし道を一本出ると、突然「リトル・イタリー」になる。本当に、突然、変わるのである。通っている人達が、突然「白人」に変わる。「わー、アメリカに帰ってきた」という感じである。今までの中国ムードが一掃する。道一本隔てただけで、こんなにくっきりと分かれているというのは、私にとって、少々ショックだった。チャイナタウンが「庶民の町」であったのに対し、リトル・イタリーは観光地だと思った。お店もなんだか高級そうに見える。私は下町のイメージを持っていたので、これはかなり意外だった。リトル・イタリーと呼ばれる地域は、とても小さい。せいぜい2ブロックくらいでは、ないだろうか。そこにイタリア料理店が、ずらりと並んでいる。食事をした後だったので、ここでは何も食べなかった。ここでしばらく観光客やレストランを鑑賞した後、地下鉄に乗って、ホテルに帰ることにした。