2012年8月4日土曜日

夜のダイナー Town Topic



 裏庭から崩壊した木製フェンスを撤去するという肉体労働を一日こなした真夏日のある夕方、私の脳裏にはマクドナルドのストロベリースムージーのイメージが焼き付いていた。金槌と釘抜きでバンバン解体作業に励み、途中から「わざわざ一枚一枚外さなくても、繋ぎの板を切れば、解体も楽チン、運ぶのも楽チン」という私の言葉で、道具が電動のこぎりに変わったものの、炎天下の中、トラックまで重い木の板を運ぶのは重労働で、全てをトラックに詰めた時は、疲労困憊していた私達だ。マクドナルドのスムージーくらいのご褒美があっても良いというものだ。しかし夫はダイナー「Town Topic」に行こうという。
「あそこなら、ミルクシェーキがあるよ。」
いや、私はマクドナルドのストロベリースムージーが飲みたい(コマーシャルを見たため)と主張したが、夫の「前々からあそこに行きたいって、言ってたじゃないか」の一言で、「Town Topic行き」に合意する事にした。そうなのだ。あの小さな小さなダイナーは、なぜかカンザスシティで有名で、つい先日も、Anthony Bourdainの旅行テレビ番組「No Reservations」で紹介されていたばかりだ。
http://www.travelchannel.com/tv-shows/anthony-bourdain/photos/no-reservations-kansas-city-pictures
しかし、私のカメラが無い。仕方が無いので夫の携帯カメラで、写真を取ることにした。

 駐車場に入ると、いい匂いが漂っている。期待感が高まる瞬間である。この「Town Topic」、レストランレビューを見ると、断然評価が高い。皆、口を揃えて「最高のハンバーガー」と言う。テレビでも、「こんなうまいバーガーは他に無い」と言っていた。そんな魔法のような奇跡のハンバーガーが食べられるはず!十脚くらいしか椅子が無い店内に席を取ると、カウンターの向こう側の女性が、「ご注文は?」と聞く。彼女の頭上の壁に張り出されたメニューに目を通し、「シングル・ハンバーガー」と「オニオンリング」と「ストロベリーミルクシェーキ」を頼んだ。年は七十歳に近いだろう、店の黒いユニフォームTシャツを着たそのウェイトレスは、持ち帰り用の白いカップに、ピンクのストロベリーアイスクリームをゆっくり入れた。そしてしばらく奥で作業をすると、私達の前に「ストロベリーミルクシェーキ」を置く。「ミルクシェーキ」とは要するに、溶けたアイスクリームと牛乳を混ぜた物ではないか。なんだかそんな味がした。




 しばらくすると、揚げたてのオニオンリングとハンバーガーが登場した。こちらは、白い帽子とエプロンを着けたコックが運んで来た。オニオンリングは、ザクザクにクランチな歯ごたえ。多分、衣にコーンミールを使っているのだろう。これはおいしかった。「シングル・ハンバーガー」とは、中のバーガーが一枚という事だ。「ダブル」なら二枚で、「トリプル」なら三枚になる。一口食べてみると、味が無かったのでパンを開け、目の前にあったケチャップとマスタードとホットソースをかけてみた。多分これが、この店での正しい食べ方なのだろう。ギュッとフライ返しで押し付け薄く伸ばされたバーガー自体は、あまり味が無い。薄くすれば、焼き目が付いて香ばしくなるという事だと思う。じっくり炒めた玉ねぎがバーガーの中に閉じ込められ、その上にピクルスがある。パンはとってもダイナー的、庶民的なバンズで、バターを塗った上にグリルされている。決して高級では無いし、「魔法のような奇跡のハンバーガー」では無かったが、 冷凍の肉を使っていないというのはわかる。バーで酒を飲んだ若者が立ち寄る夜の街のオアシスが、ポッカリ電気を点けて待っている、そこのハンバーガーといったところだ。

 店内には昔の写真が飾ってあった。私は古い写真が大好きである。蝶ネクタイのウェイターと、レースの縁取りがある白い帽子を着けたウェイトレス。今と違って皆スリムで、ウェイトレスはきちんと化粧しているのが、白黒写真からもわかる。六十年代はどうしてこう「物語がある」のだろう。現在には無い「品」がある。

 私達のために給仕してくれたウェイトレスは、ここで四十五年も働いていると言う。そこで、「あの写真に写っているのは、あなた?」と聞いてみると、これら写真の中の人達は全員亡くなっており、彼女よりも一昔前の世代の人達だそうだ。そんな昔から存在するダイナーなのである。最も古い写真の中にある店の看板には、「ハンバーガー10セント」と書かれている。10セントでハンバーガーが食べられた時代。それは、カンザスシティのダウンタウンが街の形を見せ始めた頃だろう。その一枚の写真だけで、カンザスシティ初の高層ビルを建設した労働者達が、見えてくる。その頃流行したジャズが、聞こえてくる気がする。古い写真には、多くの事を語れる力がある。

 ウェイトレスの背後にあるガラスケースには、数種類のパイが入っていた。これもダイナー的だ。今回はパイを食べなかったが、次回はぜひトライしたい。

 お勘定をしてもらおうと思い、コックに聞くと、「彼女は自分に、金銭関係を一切触らせない」と言い、奥にいるウェイトレスを指差す。この小さな建物の中での力関係がわかる発言だ。大変宜しいと思った。ウェイトレスにもコックにも丁寧にお礼を述べ、にっこり笑って席を立つと、コックがウインクをして見送ってくれた。

0 件のコメント:

コメントを投稿