2010年9月4日土曜日

ミズーリ州ウェストン



 カンザスシティーの北西に「ウェストン」という町がある。人口二千人にも満たない小さな町だが、歴史の紐を解いてみると、19世紀、ミシシッピー川流域では、セントルイスに次いで二番目に大きな都市だったという。その当時は、人口も五千人以上で、カンザスシティーよりも、遥かに大きな急成長都市だったそうだ。ミシシッピー川を行き来する蒸気船の港として栄えた。そんなウェストンも、洪水、火事、南北戦争等を経て、衰退の道を辿った。しかし昔の面影を残した建物が今でもたくさん存在し、歴史指定地区になっている。そんなウェストンに、8月のある日曜日、夫と一緒にドライブに行った。

 カンザスシティーの私達の自宅からは、車でおよそ30分くらい。程よいドライブの距離であるが、運転手の夫が、かなり前で高速を降りてしまい、ローカルの道を通ったので、1時間くらいかかった。しかし、カンザスシティーからウェストンまでの小さな町も見ることができ、私はかえって良かったと思っている。途中、小さな湖や、両側から木が垂れ下がった道が延々と続く所等を走り抜き、「今度、家を買い換える時は、この辺がいいかも」と考えた。

さて、ウェストンのダウンタウンに近づくと、なんだか黄色い畑が見えたので、それが何か確認するために、そっちの方に行くことにした。畑のすぐ近くに行くと、なんだかキャベツのような匂いがするというのが、素直な感想。これが何かと言うと、なんと「タバコの葉」!というのは、後で寄った店の店主が教えてくれたことだが、ウェストンは、「タバコ」で栄えた町でもあるそうだ。家に帰ってから調べたウェストンのホームページによると、19世紀、南部からやってきた「タバコ生産者」たちは、肥沃なこの土地でタバコの葉を生産した。しかし、タバコの葉を育てるのは大変な作業らしく、奴隷無しでは成算が立たず、堂々と奴隷制度が存在していたと言うから、驚きである。奴隷制度といえば、南部のプランテーションだけかと思い勝ちだが、こんな身近に存在していたとは、私にとってショックな出来事だった。以前私が住んでいたネブラスカではそんな話は聞いた事が無かったので、州を一つ超えただけでこんなに大きな差があるんだと、目を見開かされる思いである。ウェストンはミズーリ州だが、町の境界線となっているミズーリ川の向こう側はカンザス州。カンザスでは奴隷制度は禁止されていたので、カンザス州とは問題があったそうだ。













 さてダウンタウンは、そんな1800年代のアメリカの建物が残った可愛らしい町だ。駐車し、一番最初に入った店は、メインストリートにある「McCormick Country Store」。McCormickは、アメリカで最も古い蒸留所で、国の歴史指定建造物に登録されている。現在はここでは酒造されていないが、店には、McCormick社製のウィスキーや、グッズが売っている。行く前にウィスキーを作っているのは知っていたが、そのウィスキーが「ウォッカ」であるというのに、少々驚いた。酒に関する知識が薄い私にとって「ウォッカ」と言えば「ロシア」とてっきり思っていたが、アメリカでも製造されていたのだ。店の棚に綺麗に並ぶ瓶の中には、透明な酒が入っていた。「ウォッカ」を買う気にはならなかった私も、その瓶の可愛らしさには魅了され、空の瓶を一本買った。店の奥にはレジのカウンターがあり、「ウォッカ」の試飲が25セントでできる。他の客が小さなプラスティックのカップに入ったウォッカを試しているのを見て、私達も挑戦してみることにした。そのカウンターでは、味付きのウォッカがあり、その種類もかなりある。その中から、「紅茶味」を最初に試飲。一口飲んだだけで、喉にワァーっと熱いものが広がる。だから寒い国のロシア人が飲むのだろうかと思いながら、次は「オレンジ味」に挑戦した。こちらは紅茶味より薄い感じがし、私にとっては飲みやすい。そして、そこにいた店長から町の歴史を少々学ぶ。先に申し上げた黄色い葉が「タバコ」であると教えてくれたのは、この人だ。現在では、このタバコの栽培は厳しく監視されており、全て大きなタバコ会社に販売されているそうである。

 McCormick店を出て、メインストリートにある建物の写真を撮った。最初に目に付いたのが、白いファサードが美しいこのブロック造りの建物。インターネットで調べたら、「The Saint George Hotel」という現在でも営業中のホテルだそうだ。19世紀のウェストンは、色んな所から人が集まってくる都市だったので、このホテルの2階、3階が泊り客の部屋で、1階はサロン、行商人の商品陳列所、タバコを吸う部屋、レストラン等が入っていた。それは現在でも同じなようで、1階は今でもレストランや店が入っていて、2階、3階がホテルになっている。ホームページの写真を見たが、なかなか素敵なホテルである。ホームページは、こちら。http://www.thesaintgeorgehotel.com/




そのすぐ隣にあるのが、このおしゃれな建物。現在は、「Missouri Bluff Boutique」という、高級ブティックが入っているが、元々はウェストンのパイオニアの一人、"Boss" Nobelこと、"Wilson G. Nobel"が1844年に創設した「W.G. Nobel Saddley」というサドル屋から始まった。34年間営業した店は、他の者の手に移り、その後何度も所有者が変わりながら、現在のブティックに辿り着いたわけだが、こうして移り変わりを見ると、やはり一つの事業を維持するのは大変なんだなと思う。現在のブティック、Missouri Bluff Boutiqueのホームページはこちら。http://www.missouribluffs.com/



 その後、ウェストンで最も有名なワイナリー「Pirtle Winery」に向かった。マコーミックの店主の話によると、メインストリートから右に曲がって、突き当たりを左に曲がり、少し行った所にあるという。メインストリートを右に曲がるとすぐに、「バッファロー・ビル」が幼少の頃、夏を過ごしたという家があった。その家はバッファロー・ビルの叔父が所有していたらしい。その通りにも、1800年代に建てられた家がたくさん残っており、B&Bになっている所も多い。突き当たりに、見学したいと思っていたビール醸造社の「Weston Brewing Company」があった。道から見た様子は思ったより小さく、「営業しているんだろうか」と思うような雰囲気である。


Weston Brewing Company の角には、二軒のB&Bがある。イギリスの田舎の家のような佇まいは、「Inn at Weston Landing」だ。このB&Bは、その昔、Weston Brewing Companyの一部で、そのパーラーは「氷の家」だったと言うから、ここに川から切り出した氷を保管していたのだろうか。ホームページの写真は、どれも年代物に見える。週日であれば、2名朝食付きで90ドルというから、都会のホテルに比べれば破格値である。こういった所の朝食は、豪華でおいしいに違いない。インターネットにある観光客の評価もかなり高いので、泊まってみる価値がありそうである。


もう一軒は、「Hatchery House Bed and Breakfast」。ここが「The Hatchery(孵化場)」と呼ばれるのは、その昔、この建物がアパートだった時代があって、若い夫婦が多く住んだこともあり、たくさんの赤ん坊が生まれたからだという。





そこを通り過ぎて、次の角を右折した道に、捜していたワイナリーがあった。インターネットの写真で見た通り、元教会であったブロック作りの建物だ。その隣には、テーブルが置かれた庭があり、そこで食事ができるらしい。建物の前に、どこかで見覚えのある男性が立っていた。夫が私の耳元に、「うちの近所の郵便配達人だよ」と囁く。確かにそうである。そこで、私の方に振り向いた彼に、「郵便屋さん!」と声をかけると、彼も私たちが誰だか分かったらしい。横にいた奥さんに、私たちの住所まで言っている。観光地で出会った人に、自分が住んでいる家の住所を、そらで言われることは、早々あるわけではない。この郵便配達人、なかなかの好人物で、彼らと少々立ち話をした後、いよいよ、ワイナリーの建物の中に入った。



その建物は元教会だけあって、大きな木製の階段を上り、重い木のドアを開けなければならなかった。中は天井が高く、学校のような雰囲気である。アメリカでワイナリーと言えば、カリフォルニアのナパバレーを思い起こすかもしれないが、ミズーリ州にも、かなりたくさんのワイナリーが存在するのだ。ここでは無料のワインテイスティングができる。ワインテイスティング等をするのは、生まれて初めてだった。部屋の片隅にあるワインリストを一枚拾い上げ、ソムリエの前に行く。彼女は、私たち一人一人にワイングラスを用意し、まず最初に最もオーソドックスな白ワインを、グラスに入れた。
「辛すぎず、甘すぎず、クリーンな味」
とソムリエは表現する。なるほど、そうかもしれない。しかし、私にとっては、もう少し円やかさが欲しいところだ。このワイナリーのワインには、いろんな味が付いている。「ラズベリー味」だの、「チョコレート味」等がある。試飲をする度に、リストに点数を付け、最後に購入するワインを決める参考にした。やはり、高いワインの方がおいしい気がする。そんな中から、値段もそこそこで、円やか味のワインを二本選んだ。

ワイナリーを出ると、ちょうど夕食に良い時間帯だったので、食事をするため、「Weston Brewing Company」に行くことにした。Weston Brewing Companyとは、ドイツ人移民のJohn Georgian が1842年に創設したビール醸造会社で、アメリカで最も古いビール工場の一つらしい。彼は冬に川から切り出した氷を地下に保存し、ビール製造のために必要な低い温度を作るという、伝統的な技法を導入した。ここでは毎週土曜日にツアーがあるそうだが、その日は生憎日曜日だったので、ツアーに参加することはできなかった。そこにはレストランとパブがある。レストランの入り口側に回ると、道から見た雰囲気とは一変し、デッキにたくさんのテーブルが並んでおり、食事をしている人達がいた。建物の中に入ると、ちょうど食事を運んでいるウェイトレスが、私たちに声をかけてきて、中でも食事ができるという。建物の中をぐるりと見学した結果、奥の部屋で食べることにした。その部屋は小さめで、他の客はいなかったが、ランプが灯されており、何だか居心地が良い。行ったことはないが、アイルランドの酒場といった感じだ。BGMに流れるアイルランドの民謡が、リズミカルである。そこで私は、ウェイトレスが一番人気であると推薦した「フィッシュアンドチップス」を頼み、夫は「サーモン」を注文した。そして、そのWeston Brewing社製のビールに挑戦してみることにした。そのビールは、普通のビールよりかなり薄く、酒飲みでない私にとっては、飲みやすかったが、夫は「物足りない」と言った。ビールの苦さがおいしさの秘訣なのに、それが足りないと言う。しかし、夫が注文したサーモンはおいしかった。なんだか「照り焼き」のような味なのである。付け合わせのブロッコリーもおいしく、それなら私もサーモンを頼めば良かったと思った。壁に一枚の絵が掛かっている。最盛期のウェストンのダウンタウンの様子なのだが、その奥には、川のようなものが描かれていた。さっき見たダウンタウンに、川は無かったはずなのになと思い、ウェイトレスに聞いてみると、彼女も詳しくは分からないと言う。後にインターネットで調べてみると、ミズーリ川は何度もその流れを変えており、昔は、ダウンタウンの近くに船着き場があったようだ。たった一枚の絵画に、そんな歴史が隠されていたのだ。






レストランを出ると、外はまだ明るく、パブの方にも寄って見ることにした。ドアを開けると、まず地下に続く階段がある。その階段を降りると、右に曲がるトンネルがあった。アメリカで、こんな「歴史」を感じる場所は初めてだった。暗いトンネルの奥にある洞穴のような部屋で、陽気なアイリッシュミュージックを奏でる男が、歌を歌っている。彼の衣装もアイリッシュ風で、観客が彼の歌に合わせて掛声をかけたり、手拍子をたたいたりしている。映画で見るアイルランドのような光景だった。ここでこんなエンターテーメントがあるなら、レストランに行かず、直接このパブにくれば良かったと思った。しかし食事をした後だったので、そこで長居すること無く、家に帰ることにした。10月には、「アイリッシュフェスティバル」がその敷地内で行われるらしいので、また行きたいと思った。ウェストンは、とても良い町だ。

0 件のコメント:

コメントを投稿